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管理人のノート
近況

登録日 96/02/07  更新日 22/01/24



ジグソーパズルのひとかけら



今年も何卒宜しくお願い申し上げます。

2/1は陰暦正月、2/4は立春、そして2/7はこのサイト26周年。 五黄壬寅は大転換の年。還暦(=大厄)も空亡も八方塞も終わり、数え年では65歳。 今後は私のシーズン2と心得て、ゆっくりと、自分自身とサーバのウォーミングアップ。 派手なパフォーマンスは目立ちたがりの教諭に任せて、 幾つかの密かな計画も含め、裏側で地味に粛々と、土を耕し、種に水を。

昨年末に 22nd Asian Student Exchange Program がオンラインで開催され、無事に終了。 現在は動画や写真、資料の整理などの事後処理。 来年度へ向け、既に、12th 高校生 ICT Conference や 24rd World Youth Meeting も、 他の様々なプロジェクトも、動き出しています。 新たな流れへ、未だ未だ実験、試行錯誤、勉強中。 「おじいさんのランプ」が「電灯」に変わっても、「灯す」夢は変わらない。

勤務県も、来年度に向けて、新学習指導要領やGIGAなど、様々な事が大きく動き出している。 若いこれからの先生方も試行錯誤をしながら前向きに取り組んでいる。 それを傍目に見ながら、密かに大いに期待している。 一人の百歩より百人一人ひとりの数歩。 決して教諭の御花畑な自己満足に終わらせず、何よりも生徒の将来の可能性を拡げる事を最優先に、 皆で考え、自分の歩幅で、ゆっくり歩こう。変わらない「夢」を時流の中に求めながら。

時の流れを止め「変わらない」夢を見たがる教諭は「俺に口出しするな」という旨なので、 授業に一切口は出さない。「生徒ガー」と言訳されるのも、パワハラが常習化するのも、もうウンザリだ。 少なくとも2級、何人かは1級も夢じゃないと思うが、 3年間3級実技問題を繰り返しさせている振りで(比喩では無く)実際は何もさせていない。実に勿体無い。 過去の勤務校から全く変わっていない。 教科「情報」の開始時に単位未履修が全国的に社会問題になったが、 今の教育現場の意識は全く変わらないか、更に悪化していると実感している。 私は以前から、GIGA政策やICT系科目の新学習指導要領への対応に因る学校間格差の拡大を懸念して来たが、 現在、実際に、全国の彼方此方で話題にされて居る様だ。こういうネタって、広がるのは早いからね。 知らぬ(振り)は教諭ばかりなり。 その格差の原因は、勿論、教諭です。生徒に責任転嫁するんじゃねーよ。 1986年に中央教育審議会第1次答申、2003年に開始して既に約20年も過ぎた。 何時迄も学校現場自身が「学校現場が~」という世間離れの甘えた論点すり替えをしてヌクヌクとしているのでは無く、 学校現場の教諭の意識が変わらなければダメ。

私個人は、『 1⃣.真面な管理体制で、 2⃣.一年間教諭が目の前の生徒と向き合おうと全くせず、 時折独り言の様に自分の席で画面に向かって間違いだらけの説明を小声で呟く事で 授業をしている振りだけで誰も聴いていない「〇〇な授業」によって 生徒達の貴重な時間と可能性を奪うことが無く、 3⃣.見せ掛けだけの、情報教育、情報処理教育をしている振りの崩壊授業にしない 』ことが当然な、 4⃣.願わくば、 『校内の最新ネット情報がきちんと助手にも共有して貰え、真面に動作しない校務用PCが助手に配られる事が無い』、 日々悲しい思いをせず、鬱状態にならずに居られる立場の場所を(県内に有るのかどうか知らないが)他所に探しながら、 粛々と動いて行くだけ。「一緒に〇〇をやりませんか」という方も大歓迎です。 今後は、私も自分自身の『働き方』を『改革』することにします。茶番は、もう、知らぬ。

COVID-19の対応も、他の事も、誰もが皆、現状の「限られた資源」の中で精一杯頑張っていて、 私の立場としては、それが誰の責任だと無責任な理想を振り翳して言う心算は全く無い。 私の状況や体調を気遣ってくれる仲間が有難い。 この齢になると、Omicron株と同程度にインフルエンザも怖い。 現状で重要な事は、無症状の陽性者数では無く、陽性者の内の重症者率と死亡率、患者の受け入れ体制。 人間万事塞翁が馬。 笑ってよ、君の為に。僕の為に。


人間は欲(価値観、理想自己、利権、名誉欲、自己顕示欲、その他色々)で動き、 それらは発言の言い廻しや形振りの端々に現れる。 私は子供の頃から他人に対して「この人は何をしたいのだろう、どの様な『答』が欲しいのだろう?」を考え、 「あぁ、この人はこういう考え方をする人なんだな。そういう考え方も有るんだな」と確認する癖が有る。 人は多様だから、誰が何を言おうが、何をしようが、 (それに私が共感するか否か、私の欲との公約数を何処まで探そうと思うか、は全く別だが、) 他人の考え方自体を全否定しようなんて気は全く無いし、 抑々私は他人を全否定出来る様な絶対的な人格者では無い。 同様に、「appeal to consequences」「Black or White Thinking」「Cherry Picking」「Omniscience」 な論法で自分の欲を絶対的な正義の様に振り翳し、自分に共感しない人に「Ad Hominem」して来る輩は、大嫌いだ。 それは多様性を認め合うのでは無く、徐々に画一化されつつあるカオスだ。人夫々に欲が有る様に、私にも欲は有る。 日本、海外、ヨノナカに数多散らばるジグソーパズルを無作為に拾い集め、 それは「嘘」なのか、何故それが「嘘」なのか、何故其処に「嘘」が登場するのか、 その「嘘」に因り誰の欲が満たされ或いは損をするのか、綺麗事の裏の本音、 を徒然に嵌めていると、色々なものが見えて来たりする。 嘘の排除では無く、嘘だという事実。 今、事実や科学的根拠よりもノイジーマイノリティの欲が優先される、中世の時代に戻りつつある。

GIGAもICT支援員もSDGsも、建前は素敵だが、人夫々の立ち位置による欲が群がり複雑に絡み合う。 その事が悪だとも決して思ってはいないが(偶にそれがあからさま過ぎて苛々するが)、今後のオチに興味は津々。 さしあたっては、「MicrosoftとGoogleの言葉遊びな縄張り争い」をえげつないと思わせないで欲しい。


今のヨノナカは努力より運だ、という風潮が有るが、その運を掴む為に備えておく努力(学び)は大切だと思うなぁ。 単に切株を守り「兎が来ないのは〇〇の責任だ!」と喚くのでは無く、兎が好きそうな餌を調べて撒くとかさ。