近況
上へ
まいります
Rynのページ(情報教育研究室)

管理人のノート
近況

登録日 96/02/07  更新日 22/05/15



ジグソーパズルのひとかけら



様々な事が、オフラインで本格的に動き出し、慌ただしくなりそうな気配。 これまでの反動か、ポジティブ過剰気味。

[1].
コロナ禍以降、県教委の『インフラは提供するから後は各学校の実情でガイドラインを考えて使え』の傾向が強く、 面食らって居るのだが、 県教委としては、どうせ何を規定しても御花畑の教諭達が 「教育の為」「緊急時の為」「実は使える」「権利が有る」と都合の良い解釈でグレーゾーン化、形骸化させるのだから、 もう各学校の自己責任でやれ、という気分なのか知らん、と内心は思ったりする。 教諭同士で綺麗事は通用しても、社会常識と多様な立ち位置の現実的な欲が絡むヨノナカはそうは行かないよ。 知らんけど。

[2].
例えば学校の情報化の場合、『自分にしか出来ない事で存在感を出す』よりも、 『誰にでも出来る様にシステマティックにアレンジして提案する』方が、学校の長期的な視点では最善策。 しかし、経験上、学校は天動説信者の集合体で、 前者の方が教諭は周囲に『仕事やってるぜ』アピールが出来て管理職ウケも良く、それを狙う教諭も居るし、 抑々、実態は授業も部活動も校務も全てパワハラで助手に押し付け、 自分達は競馬やゲームで模範教諭で管理職になって行った教諭達には、平成の間、全く受け入れて貰えなかったけれど、 でも、令和に入ってから、少しずつ変化が起きている感が有る。 永年、教育現場の奈落で舞台を回して居ると、それなりに興味深い。

[3].
昭和から平成の時代の商業科の似非教諭の授業の生徒の評価は、 「例え理不尽な事でも、理屈が判らなくとも、口答えせず、指示された事だけを言われたその通りに、従順に作業が出来るか」 「学びが無くとも達成感!」というブラック企業が喜びそうな基準。 それは、令和になり表向きは評価方法が大きく変更されても、 一年間を通して『数分間の、教科書の断片的な字面を追うだけの説明+予め解答を渡してある学習ノートの穴埋め』と 『残り時間の、ただ只管黙々と教科書の文章を一字一句間違い無くWordで入力するだけ』の「情報」の授業や、 Excelの機能や考え方を教えるのでは無く一年間淡々と検定問題集3級の表とグラフの作り方を自分のペースで 自分が操作する通りにさせて行くだけ(しかも処理条件無視、間違いだらけ)、 考査問題は授業では一切触れて居ない(対策プリントさえ無い)知識の部分、の「情報処理」の授業に、 日常的に引き継がれている。新基準の評価など出来る訳が無い。 「何故そうなるのか」「何故そうするのか」という論理的な思考は皆無。疑問を持つ事自体が悪。 試行錯誤も、分析も、問題解決も、何も無い。 一つの正解(?)しか知らないので間違えた時の原因と対処法が判らない。 更に、生徒が操作が判らなくて挫折していても、寝て居ても、遊んでいても、 簡単に完成させてしまって同様だったりも、一切無視。 不都合は全て「指示通りにしない生徒が悪い」と減点。 イマドキの高校生は小・中学校で、実習中にお互いに相談し教え合う事に抵抗が無く、 似非教諭に対しても私が感心する程度にきちんと自己主張をして来るが、上記の教諭は気に入らず全てが減点対象となる。 私は、生徒同士が相談し教え合うのは生徒にとって理解の再確認になるので個人的には出来るだけ黙って居たいし、 実際に、意味不明な教諭の説明より教えるのが上手な生徒は居る。 ※ [6].に続く。

[4].
この一か月、色々を巻き込んで昨年度を更に大幅に上回る最悪の事態に陥り、遂に古傷の大腸も絶不調。 もう、本気で何も構うまい。ウンザリだ。私は知らないよ。私ももう死ぬ思いはしたくないので「働き方大改革」。

体調も、(Win10は以前取り上げられたので)Win8 (Celeron RAM2GB) の校務用PCも絶不調です。精神的に今年度末迄正常で居られるか未定です。 不都合なファクタを全て無視し自己満足な理想と正義のアピールに酔い痴れ周囲に押し付ける教諭、 或いは知識も指導力も無い授業崩壊前提な似非講師の茶番な一年が、また始まっています。

[5].
方や、持続し、回を重ねる毎に少しずつ進化するプロジェクト。新たな流れへ、未だ未だ実験、試行錯誤、勉強中。 幾つかの密かな計画も含め、裏側で地味に粛々と、土を耕し、種に水を。
「おじいさんのランプ」が「電灯」に変わっても、「灯す」夢は変わらない。

勤務県も、新学習指導要領やGIGAなど、様々な事が大きく動き出している。 若いこれからの先生方が試行錯誤をしながら前向きに取り組んでいる。 それを傍目に見ながら、密かに大いに期待している。 一人の百歩より百人一人ひとりの歩幅の数歩。 決して教諭の御花畑な自己満足に終わらせず、何よりも生徒の将来の可能性を拡げる事を最優先に、 皆で考え、自分の歩幅で、ゆっくり歩こう。変わらない「夢」を時流の中に求めながら。 そんな教諭は勤務校にも居る。

[6].
時の流れを止め「変わらない」夢を見たがる教諭は「俺に口出しするな」という旨なので、 授業に一切口は出さない。口を出せる立場でも無い。 「生徒ガー」「県教委ガ-」と言訳されるのも、 「お前がやれ」とパワハラが常習化するのも、もうウンザリだ。 3年生は少なくとも2級、何人かは1級も夢じゃないと思うが、 3年間3級実技問題を繰り返しさせている振りで(比喩で無く)実際は何もさせていない。実に勿体無い。 過去の勤務校と全く変わっていない。 教科「情報」の開始時に単位未履修が全国的に社会問題になったが、 今の教育現場の意識は全く変わらないか、時間潰しで全く何もさせていない分、更に悪化していると実感している。 私は以前から、GIGA政策やICT系科目の新学習指導要領への対応に因る学校間格差の拡大を懸念して来たが、 現在、実際に、全国の彼方此方で話題にされて居る様だ。こういうネタって、広がるのは早いからね。 知らぬ(振り)は教諭ばかりなり。 その格差の原因は、勿論、教諭です。生徒に責任転嫁するんじゃねーよ。
1986年に中央教育審議会第1次答申、2003年に開始して既に約20年も過ぎた。 共通テストに「情報」が加わろうとしている今となっても、何時迄も、 『教育現場自身が一つ覚えの「教育現場が~」という世間離れした甘えの論点すり替えをしてヌクヌクとし』 『教科「情報」を「どうせ役に立たない科目」に形骸化させて置きたい』教育現場と、 それに同調し煽る事でICT教育をダメにして置きたい人達が諸悪の根源。 『学校なんて要らない』を叫ぶ人達の論拠の一つ。教諭の意識が変わらなければダメ。 進学校か否か、実業系か否か、等とは全く別の次元で、学校の分化は既に広がっている。 その次元を感じる事が出来るか否か、で、今、学校は区別され始めている。

私個人は、『 1⃣.真面な管理体制で、 2⃣.一年間教諭が目の前の生徒と向き合おうと全くせず、 時折独り言の様に自分の席で画面に向かって間違いだらけの説明を小声で呟く事で 授業をしている振りだけで誰も聴いていない「〇〇な授業」によって 生徒達の貴重な時間と可能性を奪うことが無く、 3⃣.見せ掛けだけの、情報教育、情報処理教育をしている振りの崩壊授業にしない 』ことが当然な、 4⃣.願わくば、 『校内の最新ネット情報(パスワードとか、段取りとか、他)がきちんと助手にも共有して貰え、 真面に動作しない校務用PCが助手に配られる事が無い』、 日々悲しい思いをせず、鬱状態にならずに居られる立場の場所を(県内に有るのかどうか知らないが)他所に探しながら、 粛々と動いて行くだけ。「一緒に〇〇をやりませんか」という方も大歓迎です。 今後は、私も自分自身の『働き方』を『改革』することにします。茶番は、もう、知らぬ。

[7].
COVID-19の対応も、他の事も、誰もが皆、現状の「限られた資源」の中で精一杯頑張っていて、 私の立場としては、それが誰の責任だとか誰の陰謀だとか、 論理的に明確な根拠の無い、感情的で無責任な理想や正義を振り翳して言う心算は全く無い。 私の状況や体調を気遣ってくれる仲間が有難い。 私は、Omicron株もインフルエンザも風邪も同程度に怖く、 医薬品は用法、容量を守って正しく(過不足無く)服用する主義。 人間万事塞翁が馬。 笑ってよ、君の為に。僕の為に。


[8].
人間は欲(価値観、理想自己、思想、正義、利権、名誉、自己顕示、その他色々)で動き、 それらは発言の言い廻しや形振りの端々に現れる。 人は多様だから、誰が何を言おうが、何をしようが、 (それに私が共感するか否か、私の欲との公約数を何処まで探そうと思うか、は全く別だが、) 他人の考え方自体を全否定しようなんて気は全く無いし、 抑々私は公の場で他人の人格を「人として有り得ない」等と全否定出来る様な絶対的な人間では無い。 逆に言えば、「appeal to consequences」「Black or White Thinking」「Cherry Picking」「Omniscience」 な論法で自分の欲を絶対的な正義の様に振り翳し、自分に共感しない人に「Ad Hominem」して来る輩は、大嫌いだ。 それは多様性を認め合うのでは無く、徐々に画一化されつつあるカオスだ。人夫々に欲が有る様に、私にも欲は有る。 日本、海外、ヨノナカに数多散らばるジグソーパズルを無作為に拾い集め、 それは「嘘」なのか、何故それが「嘘」なのか、何故其処に「嘘」が存在するのか、 その「嘘」に因り誰の欲が満たされ或いは損をするのか、綺麗事の裏の本音、 を徒然に嵌めていると、色々なものが見えて来たりする。 嘘の排除では無く、嘘だという事実。
今、ヨノナカは、事実や科学的根拠よりもノイジーマイノリティの欲が優先される、中世の時代に戻りつつある。 その内に、自分が正義!な陰謀論に酔い痴れたり感傷的で自意識過剰な権利を強要するノイジーマイノリティ達によって、 人類は勝手に絶滅し、それでも地球は回っているだろう。

[9].
GIGAもICT支援員もSDGsも、建前は素敵だが、人夫々の立ち位置による様々な欲が群がり複雑に絡み合う。 その事が悪だとも決して思ってはいないが(偶にそれがあからさま過ぎて苛々するが)、今後のオチに興味は津々。 さしあたっては、「MicrosoftとGoogleの言葉遊びな縄張り争い」をえげつないと思わせないで欲しい。


[10].
今のヨノナカは努力より運だ、という風潮が有るが、その運を掴む為に備えておく努力(学び)は大切だと思うなぁ。 単に切株を守り「兎が来ないのは〇〇の責任だ!」と喚くのでは無く、兎が好きそうな餌を調べて撒くとかさ。