キーワード辞典
教育の為だから

登録日 17/06/30   更新日 17/06/30



このサイトを開いて以来、ずっと書き続けている事ですが、更新版。

ソフトウェアの不正インストールは問題外だが、 例えば、私は、BYODなんてトンデモナイ!と言いたい訳では決して無い。 環境が整い、組織全体のガイドラインに沿った共通認識のリスク管理が出来るのなら、 BYODはやれば良い。重要なのは、きちんとスジを通す、ということ。


「教育の為だから」「生徒の為だから」「学校の為だから」

教諭が法令違反、コンプライアンス違反をする際に必ず使う錦の御旗。
この言葉を使う事によって、社会一般では犯罪、非常識とされているあらゆる事が可能となる。
「それって教育の為?」と思う様な場合にも、よく使われる。

具体的には、
「教育の為なのだから、ソフトウェアなんてコピーしても構わない」
「生徒の為なのだから、検定なんて適当に合格させておけば良い」
など、枚挙に暇が無い。
実際には、上辺だけ都合良く取り繕って教諭自身や学校の評価を上げたいだけ。
不都合になると、助手に責任転嫁したりする。

最近では、
「教育の為なのだから、外部の個人契約のルータからアクセスして授業をしても構わない」
「教育の為なのだから、私物のスマホを個人契約のネットに繋いで授業をしても構わない」
などという事例も増えており、それがなし崩し的に日常化する事によって、 その管理組織全体のガイドラインがグレーどころか形骸化し、 組織自体もそれを見て見ぬ振りをする事により、 事実上、何でもアリな無法地帯になっている事例も実際に有る。


この約30年間で、教諭って、 「聖職者である自分は他人よりも偉いのだから勝手に何をしても構わない、 逆らう者は教育を理解していない、人間として有り得ない愚者である(人格攻撃)」という選民思想が強く、 公共性に配慮し現状の中から着実に少しずつ改善していこうという意識は全く無い割合が高いと、 断言出来る。







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