キーワード辞典
「楽しかったね」だけで終わる

登録日 19/09/06   更新日 19/09/06



「楽しかったね」だけで終わるということ

ずっと以前から、国際交流でも、プログラミングにおいても、 「楽しかったね」だけで終わるのはダメ、と書き続けて来たけれど、 どうも、一部で誤解されている感がずっと有るので、敢て、書いておきます。

私は、「楽しかった」ことを否定するものでは、決して、ありません。 「楽しかった」ことは、達成感と同様に、動議付けとして、非常に重要な事です。 ただ、その楽しさは、どんな小さなことでも、学びへと繋がる楽しさでなければ、と考えているのです。 例えば、授業の動議付けとしての「楽しかった」はアリですが、 一年間それ「だけ」、は、高校の教科として、科目として、どうなの?、ということです。
楽しかっただけ、の授業には、以下の2つのパターンが有ります。


「楽しかっただけ」の授業

(パターン1).
楽しかったけれど、教諭が意図した授業の目的が、生徒に全く伝わっていないもの。
よくある生徒の感想「楽しかったけれど、何なのか良く判らなかった」
新学習指導要領が指摘しているのも、この点です。


(パターン2).
そもそも何の意図も目的も無く、 芸人が一発芸を応酬し合うだけのTVのバラエティ番組と同程度に、
楽しかったけれど、リフレクションも無く、その後に、何も残らないもの。
そんな授業有るの?と思うでしょ。有るの。






[ 赤い玉の画像 ] 「キーワード辞典」の目次へ

[ 黒板消しとチョーク受けの画像 ]