学校と情報教育に関する幾つかの想い Part.6
「苦情」の裏側

登録日 03/09/29   更新日 03/09/29

目次

その1

昔々、未だWindows95や98がトレンドだった頃、とても困惑した時期が何年間かありました。 毎時限が終了する度に、その時限に各パソコン実習室で授業をしていた教諭が 次々と苦情を言って来るのですが、 その苦情というのは、
「実習室の明かりが点けっ放しだった、消しておけ」
「パソコンやプリンタの電源が消されていなかった、切っておけ」
「プリンタが印刷出来ない」(プリンタの”オンライン”や”印刷可”ランプが点いていないだけ)
「××ツールバーが無い、出しておけ」
「CRTがテキスト通りの画面ではない、なおしておけ」
「CRTの解像度がいつもと違う」
「パソコンを起動するといつも変な画面になる」 (起動時のチェック画面の事。終了方法が不徹底。)
「パソコンの壁紙がエロ画像になっている、元に戻しておけ」
「ブラウザのお気に入りにアダルトサイトが登録されている、消しておけ」
「ゲームソフトがインストールされている、消せ」(タイムスタンプが授業時間だったりする)
などというものなのです。
パソコンが故障した、とか、プリンタの用紙やトナーが無くなった、とか言うのなら判りますが、 何故、毎時限毎時限、いちいち私にこんな苦情を言って来るのか、 正直な話、その理由が判りませんでした。 校内に200台近くあるパソコンの環境設定を私が授業が終わる度に10分間で直して回れ、 ということ自体、酷く馬鹿げているけれど、 そんなことよりも、この人達は、授業で一体何を教えているんだろう?(純粋に疑問形です)  仕方が無いので空き時間や放課後、休日などを使ってメンテナンスするのだけれど、 何時まで経ってもイタチゴッコ。 そこで、教諭達に、
「こんなことを続けていてもキリが無いから、 各パソコン実習室を使っている先生同士で話し合って、 例えば、パソコンはきちんと終了させろ、とか、壁紙やツールバーは変えるな、とか、 アダルト関係やゲームなどパソコン利用上のルールやマナーはきちんと守れ、とか、 生徒に注意や指導をしてもらえないか」
と言ってみました。 その時の教諭達の回答は、以下の通りでした。

「それは教諭の仕事ではない。助手が元に戻せばそれで済むことなのだから、 そんなことはする必要は無い」


この言葉には、重要な意識が含まれていると思っています。

「実習助手」は、教諭のお手伝い、 つまり、授業の前に準備をし、授業が終わったら後始末をする、 というのが仕事である、とされています。 ここで問題になるのは、 教諭が、何を自分の仕事と捉えているのか、 逆に言えば、何を自分の仕事ではない、「準備」「後始末」と考えているのか、 ということです。
少なくとも「苦情を言って来る」人達は、 特定のソフトウェアの、特定のバージョンのメニューやコマンド、関数などを、 テキストに書いてある通りに教え、 後は「受験テクニック」を幾つか教えて検定に合格させることが「教諭の仕事」であり、 それが「情報教育」であり、 それ以外の、印刷の仕方、とか、終了のさせ方、とか、 みんなで使うパソコンのマナー、とか言うことは検定に出ないからどうでも良くて、 面倒臭いことはしたくない、 授業中に生徒がゲームをインストールして遊んで居ようが、アダルトサイトを見て居ようが、 それを注意し、させないようにするのは自分の仕事ではない、 しかし、自分の授業の時にパソコンがテキスト通りになっていないのは、 全て準備の出来ていない助手の責任、という認識である、ということです。 (極端に言えば、パソコンの授業とは勝手にソリティアをさせておくこと、 インターネットの授業とは何のテーマも無く好き勝手にWebPageを見させてほっておくこと、 放課後はさながら大学生や社会人相手のチャットルームやゲームセンター状態であっても、 それらを生徒に3年間通して無秩序に行わせる事に対し、私としては何の価値も見出せないのですが、 「情報教育」という御旗さえ掲げれば、それがまかり通る様な環境です。) でなければ、上記の様な苦情が長期間、毎時間来る筈がありません。

例えば、 ツールバーの表示方法や印刷の仕方、 ログインやログアウト(つまりは個人情報)の考え方、 パソコンのシャットダウンの方法さえ知らず、 「飲食不可」等という貼紙は完全無視、 生徒が勝手に鍵を開けて部屋に入り込み 後は電源、灯り、鍵など全てほったらかしゴミや落書きだらけ、 HDDの中には話題のアレからコレ、ナニまで何でもインストール、ダウンロードされ、 しかも教諭は馴れ合い知らん振り、 それで”検定に合格!”って、 意味が有るのかなぁ... と、 思ったりしてます。 私が社長なら会社の信用の為に絶対に採用しないなぁ...。

これから将来、生徒が卒業し、仕事や日常でコンピュータを活用して行くにあたって 本当に必要なこと、大切な事、って、そんなことでは無いと思うのです。




その2

かつて、例えば、 出張で終日学校に居なかったり、休日に家族サービスで学校へ行かずに居ると、 決まって、学校の警備員から自宅へ電話で怒鳴り散らされ (この警備員は元々ストーカー的な要素が強い様で、何かと自宅に意味不明な電話を掛けてくるので、 私はこの大手警備会社が大嫌いです)、 さらに管理職からも注意を受ける時期が何年間かありました。 管理職曰く、
「実習室の灯りが...窓が...パソコンが...鍵が...」云々。
つまり、実習助手というのは正月だろうが休日だろうが一日学校に居て実習室の後始末をしていろ、 と言う論旨の様です(実際に似た様な台詞を言われました)。
たまたま私が休日に学校に居ても、誰が何時の間にどうやって鍵を開けたのか判らない実習室が そのままほったらかしになっている事が日常茶飯事で、 私は、毎回、全てを片付け、鍵を掛けて帰っていました。
「実習助手は教諭のお手伝い」というのは、これも含まれるらしいです。
一事が万事。

でも、思うのですが、 その場に居もしない実習助手の責任を追及するよりも、 生徒にきちんと実習室の灯りや窓やパソコンの電源や (教諭か生徒か知らないけれど誰かが鍵を開けたのだろうから)最後の戸締りを徹底させる方が、 生徒の為にもよっぽど大切なのでないのでしょうか。
教諭が、生徒に対してそういう指導をする事を逃げ、「最後に誰が鍵を掛けるのか」の話にすり替え、 部屋の灯りも窓もパソコンの電源も鍵も全ては助手の責任、だから自分達は関係ない、 という意識しか持ちあわせていない、というのは、 鍵以前のもっと根本的な人間的な部分が欠落している様に思えてならないのです。

「パソコンを使う上でのマナーなどを授業で教えない教諭」が悪いのではなく、 「パソコンの設定を毎時限元に戻さない助手」が悪い (最近は起動時に環境を自動的に元に戻す機能も出来てきましたが根っこは同じ。 「元に戻すのが面倒だから」であって「させないようにする」という発想が無い場合、 根本の問題をすり替え誤魔化している分だけ余計に悪い)。
「休日に鍵を開け最後にきちんと戸締りをしなかった誰か」が悪いのではなく、 「休日に戸締りの為に勤務校に来ていなかった助手が悪い」
そうなのでしょうか?

コンピュータを使うということ。ネットワークを使うということ。 それは、ハードウェアの知識が有るとか、 ソフトウェアの操作方法を知っているとか、キーが速く打てるとか、そんなことだけではなくて、 もっともっと大切なことが、有ると思っているのです。




[ 黒板消しとチョーク受けの画像 ]